いまのパチンコの主流「デジパチ」(デジタル抽選機)。その原型が、1980年に登場した三共の「フィーバー」です。
この革命機の誕生には、面白い逸話があります。きっかけは、なんと「故障」だったというのです。当時客離れに苦しんでいた業界を救い、パチンコの形を変えた一台の物語を追います。
きっかけは「故障が面白かった」
フィーバーが生まれた背景には、業界の苦境がありました。1978年からのスペースインベーダーブームで、客がゲームセンターに流れ、パチンコは客離れに苦しんでいたのです。
そんな中で注目されたのが、こんな声でした。「昔のパチンコは、故障すると玉が出っぱなしになって、それが面白かった」。
普通なら「困った不具合」でしかない現象を、「あの興奮を、正規の機能として作れないか」と発想を転換した。こうして、大当たりすると大量の玉が出る台が構想されます。抽選の見せ方には、ラスベガスのカジノのスロットマシンの回転ドラムから着想を得たとされます。
当初は「敬遠」された
ところが、革命機は最初から歓迎されたわけではありませんでした。
大量出玉が出るシステムは、ホールにとってはリスクに見えた。「そんなに出したら店が損する」と、導入をためらう店が多かったのです。せっかくの発明も、置いてもらえなければ広まりません。
全国を変えた「一手」
流れを変えたのは、ある大胆な一手だったと伝えられます。
1980年12月、新潟県長岡市のある直営店が、フィーバーを一気に大量設置しました。すると立ち見が出るほど客が殺到し、その熱狂が全国に伝わって、フィーバーは一気に普及した——という逸話です。ためらう業界に、「これは客を呼ぶ」と実物で証明してみせたわけです。
※大量設置の台数などの逸話は、業界メディアや事典類に依拠した概要で、独立した一次ソースでの精密な確認には至っていません。「〜と伝えられる」程度に受け取ってください。
ちなみに「フィーバー」は三共の登録商標。だから大当たり時に「フィーバー!」と叫べるのは三共系の台だけ、という豆知識もあります。
攻略と規制の、原点でもある
フィーバーは、その後のパチンコ文化の原点にもなりました。
初期のフィーバーはドラムの停止方式に癖があり、「リーチ目」を読む攻略法が編み出されて、初期のパチプロたちを潤しました。「出目を読んで狙い撃つ」という遊び方の源流が、ここにあります。同時に、その射幸性の高さは、のちの出玉規制の議論にもつながっていきます。
一台の革命機が、デジパチという形式・攻略文化・規制の歴史、すべての起点になった。「故障が面白い」という何気ない一言から、日本の大衆娯楽の主流が生まれたわけです。
規制がどう変わってきたかは4号機からスマスロまでの規則改正史、名機の文化史は社会現象になった名機の文化史へ。噂と歴史の総まとめはパチンコ・スロット都市伝説10選からどうぞ。
